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原発がこわい女たちの会ニュース 101号発行

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女たちの会では2017年4月11日付で、ニュース101号を発行しました。内容は以下の通りです。

【 CONTENTS  】
* 原発がこわい女たちの会結成30年のつどい ゲスト・武藤類子さん
* 「福島の人たちの苦しみ ~健康相談から見えること」山崎知行医師講演
* 3.11甲状腺がん子ども基金 未公表の4歳児へ給付
* 原発と関わってきて思うこと
  ・「原発がこわい女たちの会」結成30年を迎えて
  ・はじめて原子炉を見学して
  ・結成30年に思う
  ・原発がこわい女たちの会の30年に思うこと
* 後記
  原発裁判―前橋地裁など
  今村復興大臣の「自己責任」発言

―――――――――――――――――――――――――――
◇ 原発がこわい女たちの会結成30年のつどい

福島原発事故7年目の今
ゲスト・武藤類子さん
◯日時:2017年5月28日(日)14:00~16:30
◯会場:ビック愛9階 会議室C
◯会費:無料 だれでも参加できます。
武藤類子さんは現在福島県の三春町にお住まいです。
2011年9月19日「さようなら原発集会」(明治公園)における武藤類子さんのスピーチは感動させるものでした。女の会76号に全文載せました。〈私たちは静かに怒りを燃やす東北の鬼です〉という言葉が入っています
福島原発の責任を正す告訴運動➜東電の責任を追及する運動にかかわってこられ
現在福島原発告訴団長として活躍されています。この6年間大変なご苦労をされてきたと思います。和歌山で初めて講演していただきます。福島県で何が起きているのかを、お聞きしたいと思います。是非参加下さい。
武藤さん.jpg
2014年10月24日和歌山県日高町
阿尾(元原発予定地)に立つ武藤類子さん
大阪の女たちが武藤類子さんを少し骨休みさせようと、関西での講演の前に日高町方杭の「波満乃家」に招待した時の写真
(写真・松浦)




◇報告・3月4日(土)深刻化する福島の状況 フォルテワジマ6階ボランティアサロンⅭ会議室にて 福島の人たちの苦しみ ~健康相談から見えること~
として山崎知行氏(医師)に話していただきました

※山崎知行氏は、和歌山県岩出市に岩出診療所を開設されています。チェルノブイリに何度も赴き原発事故の被害に向き合われた方。3.11の後は、日本キリスト教団大阪教区より派遣されて、毎月欠かさず数日間を福島で子どもの健康相談に応じて来られました。
〇福島県の「県民健康調査」における甲状腺がんの診断とその問題点。福島県で多発している小児甲状腺がんですらも、福島県は原発事故との関連を否定し、子どもたちを切り捨てる健康検査縮小のキャンペーンが行われようとしている。〇チェルノブイリ原発の現状を参照すると、甲状腺がんには放射性ヨウ素以外の核種の影響も疑われ、また事故の影響は小児甲状腺がん以外の白血病、肺がんなど多種のがん、循環器系、消化器系疾患など非がん性疾患が疑われている。〇福島では空間放射線量20ミリシーベルト/年未満という汚染地域の避難指示が3月末で解除されようとしている。これはチェルノブイリでは強制避難ゾーンであり、原子炉施設等で立ち入りが規制される放射線管理区域ですら5ミリシーベルト/年であるにもかかわらず。廃炉作業中の東京電力福島第一原発構内を福島の高校生に車窓より見学させるなど、原発事故の被害を極力小さく見せたい国の意図が透けて見える「福島のエートス運動」も問題である。

山崎さんは、むこうでの自分の役割は専門的な医療相談というよりも、「生活レベルでの交通整理」と言われます。原発事故によって、様々な無数の心配事をかかえ込まされたお母さん方。その心に寄り添うという行為がいかに必要とされていることか、しかしその態勢がいかに不足していることか。「復興」の妨げになるような言動は表面的には一切出てきません、と言われるような息苦しい社会がすでに強固に存在するのです。

そんな中で被災者の心に寄り添う営みを長い間続け、信頼関係を確かなものにしてこられたのです。「(福島から遠く離れた)私たちはどうすればいいのか、なにができるのか」という私たちの問に、「たとえば子どもたちの保養を引き受け、とにかく福島の人たちと関わり続けることです」と明快でした。
お話の前に視聴したスベトラーナ・アレクシェービッチさん(ノーベル文学賞受賞者)の昨年福島訪問時ビデオとともに、何ができるかを考え続けたいと思います。
P1090422.JPG●山崎さんから是非読んでくださいと書籍紹介『心の除染という虚構』著者・黒川祥子氏
集英社 (2017/2/24発行)


この記事のブログは下記にあります。http://g-kowai-wakayama.seesaa.net/


◇ 3.11甲状腺がん子ども基金 未公表の4歳児へ給付 
子ども基金.jpg投稿者: ourplanet 投稿日時: 金, 03/31/2017 - 01:58
甲状腺がんの子どもを支援しているNPO法人「3・11甲状腺がん子ども基金」は31日、福島県の公式データには含まれていない事故当時4歳児に、療養費を給付したと発表した。同基金の崎山比早子代表理事は、「現在、福島県で公表されているデータは、福島県で発症している小児甲状腺がんの一部にすぎないと強く認識した。」と批判している。
 基金によると、子どもは事故当時4歳の男児で、福島県民健康調査の2巡目の検査で2次検査を受診。経過観察を経て、2015年に穿刺細胞診で悪性と診断されたという。昨年の前半に、すでに甲状腺の摘出手術を終えている。
 
事故当時4歳の症例は、県民健康調査のデータとしてこれまで公表されていない。このため、同基金は給付に先立ち、県民健康センターに照会したところ、センターからは「2月20日の発表に間違いはなく、該当される方はいない」との回答があったという。さらにセンターは30日、ホームページを更新し、経過観察に移行している子どもは、県に報告しているデータに含まれていないことを認める内容を掲載した。
 甲状腺検査のあり方を議論している福島県民健康調査「検討委員会」は昨年3月、小児甲状腺がんの多発は「放射線の影響とは考えにくい」とする「中間とりまとめ」を公表。その理由のひとつに「事故当時5歳以下の子どもがいない」ことを挙げていた。また昨年12月には、日本財団が主催した国際会議を受けて、福島県立医大副学長の山下俊一らが、福島県知事に提出した「検査縮小」を求める提言書でも、0歳から4歳の子どもがいないことが、「甲状腺がんの多発は被ばくの影響とは考えにくい」とする根拠の一つにあげていた。
 これについて、崎山氏は「低年齢の方にがんが増えていないことが、放射線の影響が考えにくいという根拠の一つになっていた。しかし、今回のように2次検査で保険診療に移行し、経過観察している方が2500人いる。この中にも手術した人がいるかもしれない。それが分からない状態になっており、非常に問題がある」と述べた。
 
3・11甲状腺がん子ども基金は昨年12月から、甲状腺がんの子どもに療養費の給付を開始。2月末までの4ヶ月間に、計72人に830万円を給付した。これまでの給付状況は下の通り
給付状況.jpg

◎注 数字はあくまで公募に応募した人の数字です。
※RIはRI治療(アイソトープ治療)適応患者の人数


◆ 「原発がこわい女たちの会」結成30年を迎えて
                      梅原清子
私の記憶に残っているこの間のことを少し振り返ってみます。といっても、ずっと主体的に熱心に関わったともいいがたいので、まだら模様となりますが。
1980年代前半、この会の母体となったといえる主婦の学習グループ「ぺんぺん草」の集まりに顔を出したのが始まりでした。いろいろなテーマで講師を招いて議論したり紙芝居をつくったり自主映画の上映をしたり…社会に物申す自由闊達な活動を目にしました。「原子力」もテーマのうちの一つでした。最初、「原発って危ないものなんやで」と聞いても、「ゲンパツって何?危ないって何が?」というのが私の現実でした。当時、和歌山県下でも原発立地に反対運動が続けられていたにもかかわらず、です。
原発の危険性を実感したのは、1986年のチェルノブイリ原発事故でした。ウクライナの肥沃な穀倉地帯が放射能で汚染され無人化したこと、遠く離れた極北のラップランドにもホットスポットが生じたこと、などを慨嘆し、チーズやナッツなどヨーロッパからの輸入品は買い控えたことも覚えています。原発の恐ろしさに気付いた主婦が書いた『まだ、まにあうのなら』(甘蔗珠恵子、地湧社、87年)という小冊子がベストセラーになりました。
原発がこわい女たちの会は翌87年3月に結成されました。会のネーミングについては、インパクトがあるということで決まりました。確かにおぼえてもらいやすい名称です。同時に「紀伊半島に原発はいらない女たちの会」のネットワークも結成されました。この88年~90年頃は、日高町原発立地をめぐり、日高町で事前調査を漁協が廃案、日置川、日高町長選挙戦など熾烈な住民運動が展開されました。ただし私自身は現地の運動にはほとんど関わることができず、世話人会への出席もなかなか叶いませんでした。私にできたことは、たまに会主催の講演会や催しに参加する、署名用紙が送られてくれば協力する、位のことに限られていました。
それでも、女たちの会のメンバーも関わって被ばくしたウクライナの子どもたちを保養に招いた時(94年)には、わが家でもホームスティを受け入れました。娘と同じ15才の女の子で、一緒にピロシキを作ったり地域の中学校を訪問したりして、1週間足らずでしたが、それなりに交流を楽しみました。
2011年3月の東日本大震災とそれに続く福島第一原発事故は、あまりの衝撃に夢を見ているような感じでテレビ、新聞を固唾をのんで見つめるだけ。東京に住む娘が電話口で、「(反対運動を)自分はなんにもしてこなかった…原発は危ないって知っていたのに!!」と涙声で叫ぶのを、黙って聞いていました。それは私自身のことでした。
ちょうどこの年の3月末で退職となり、時間のゆとりもできて、いわば必然的に女たちの会の活動に向いていきました。
30年のロングラン、正直なところ当初のメンバーは高齢化、転出や病気などあらがえない事情も生じています。運動体として盛衰はあれども、ともかく持続した。倦まず、ひるまずアンテナを高くして、その時々に力を出し合ってきた人たちがいた、ということでしょう。   


◆ はじめて原子炉を見学して
                 西郷 香
 京都大学原子炉実験所は、JR阪和線熊取駅から山側に路線バスで10分のところにあります。ここは核エネルギーの応用と中性子等の粒子線・放射線の利用に関する実験・研究をする所で、広大な敷地の中に様々な施設が点在しています。
原子炉の熱出力は最大5千kwで、発電用原子炉に比べればとても小さいものです。
 2017年2月2日、私達「子どもたちの未来と被ばくを考える会主催」は10人で見学しました。
正門前に立つと、撮影禁止の表示 と空間線量の測定器があり、鉄条網が張り巡らされ、ここが核施設であることがうかがわれます。
 入口の警備員室で、全員住所氏名年齢を書き身分証明書を見せて中に入ります。入口付近の会議室で施設全体の説明を聞いた後、放射線管理区域である原子炉建屋のある棟と液体廃棄物処理施設を見学しました。放射線管理区域への出入には必ず体の放射能を測定します。
 原子炉建屋へは分厚い2重の扉を開け入ります。燃料棒・制御棒の説明を受け、運転停止中だったので、鉄階段を上がり原子炉の内部ものぞき込むことができました。
液体廃棄物処理施設では、放射線管理区域から出たものはすべて、クーラーの水も除染処理(放射性物質を薬品に吸着沈殿)して排水しています。沈殿した汚泥は濃縮しドラム缶に詰めて保管されていました。ドラム缶は行き場がなく増える一方だそうです。
複雑な配管設備とこの小さな原子炉でも使用済み核燃料以外に放射性廃棄物が大量に発生するということが印象に残りました。 
 又、東京都北千住と福島県南相馬市川房の土壌中のセシウム137の測定の様子を見せていただきました。南相馬の数値は110万㏃/㎡で北千住の50倍以上でした。
 福島第一原子力発電所は、原子炉の熱出力が1~6号機計1419.7万kwで、京都大学原子炉の約3千倍ある核施設です。
 2011年3月、原子炉建屋が爆発、1~3号機が炉心溶融、放射能が大量に拡散しました。原子炉には近づくこともできず、6年たってようやく一部確認された2号機の圧力容器下部の黒い塊、内部の放射線量は 数十秒で死に至るレベル、1~3号機のプールには使用済み核燃料が残されたままで、事故収束 には程遠い状態です。
 その中で、政府は年間20ミリシーベルト(職業被ばく限度の年平均)以下を条件に原発事故に伴う避難指示の解除を進めていて、この3月末から福島県の4町村を相次いで解除しました。それは、区域外避難者の住宅の無償提供の打ち切り、賠償の段階的打ち切りとセットになっています。
 私達が放射能測定して出入りした放射線管理区域(年5ミリシーベルト限度)以上、原発労働者と同じ基準の中で日常生活を送ることを子供も含む避難者に強いているのです。
 町村では除染(移染?)は行われていますが、除染土を詰めたプレコンパックが積み上げられたところがあり、山も海も除染はしていません。帰らないことを選択するのも当然のことです。 国と東電が住めなくしてしまったのだから、どちらを選んでも支援を続けていく責任があります。
 4月6日今村復興相は避難者が戻れないのは「本人の責任でしょう。裁判でもなんでもやれば」と発言しました。帰還を急がせ、事故収束を見せかけたい政府の本音が現れています。


◆ 結成30年に思う                      
                       松浦雅代
ぺんぺん草を入れると私の人生の半分以上は原発とかかわってきたことになる。
なんとしても和歌山の原発を止めたいと思い必死になって仲間と動いてきた。誰一人として手を抜いていれば負けたであろうと言われたくらい厳しいものだった。現地の人たちが20年近く命をかけて、拒み続けて持ちこたえてくれていたからこそチエルノブイリの事故後の勝利を私たちも一緒に味わうことが出来た。

2011年3月11日、東北地方太平洋沖地震が起き、危惧していたことが現実に起こってしまった。福島原発事故には大きな衝撃を受けた。原発の爆発事故が、この日本で起きているんだと戦慄を覚えながら、自分自身に言い聞かせていたのを思い出す。私は今まで何をしてきたのかという思いにも捉えられた。直ぐに避難指示が出された。私はただならぬことが起きていることは理解した。初日にメルトダウンしていたのに東電の発表は格納容器の冠水計画だと言っていた。小出さんがそのようなことは出来ない。とラジオ放送で発言していたのを聞いていた。5月15日になって初めて東電が炉心溶融を認めた。
京都大学原子炉実験所の今中さんに「まず情報を疑ってかかれ」と今までに何度も言われて来たのだが、こんなに嘘を並べられるのかと思うほど平気で「原子力ムラ」サイドのニュースをメデアは流した。あまりにもひどいNHKの話に私は抗議の電話を入れた。最初のころテレビに出ていた反原発派の人たちはすぐに見られなくなった。

事故後しばらくは顔見知り程度の人からでも「松浦さんら、がんばってくれたんで、和歌山に原発建てられてないんやな、ありがとう」と言われた。「現地の人たちが長い間、闘ったから止まったんよ」と言いながら、私は戸惑っていた。日本でレベル7の原発事故が起きたことの重大さを考えてほしかった。小さな命が犠牲になることを止めることが出来ない。福島の原発事故はこれからが長い長い、始まりなのだと言いたかった。
ぺんぺん草の時に京都大学原子炉実験所の反原発グループの専門家たちと出会えたのは、私たちにとっては幸運だった。手弁当で来ていただいて原発反対の正しさを学べたことは、会の継続につながったと思う。そのうえ中間貯蔵施設誘致や、白浜町日置に関電立地部が駐在している現実があった。
そして福島の原発事故後の政府の対応は事故がなかったかのようだ。
多発している甲状腺がんの子どもたちを原発事故のせいだと認めない。
原子力の推進派はチエルノブイリから国際的な企みを学んだようだ
「この事故は大したものではなかった」と結論づけたいのだ。
そんなことさせないためにも、原発を止めるためにも、まだ死ねないですね。


◆ 原発がこわい女たちの会の30年に思うこと
                      山本美佐子
2011年3月16日、私の娘は前月に生まれたばかりの子と2人、やっと取れた早朝の新幹線切符で東京から和歌山に来ました。東京駅は子ども連れの母親でいっぱいだったとのこと。私はすでに福島原発でメルトダウンが起きていると確信していました。孫のことを思うと、いても立ってもいられない思いでしたので、ひとまず安心しました。翌日、和歌山の娘の携帯に東京の区役所から「水道水でミルクを作るのは止めてください。○○でペットボトルの水を配ります。」というメールが届きました。
25年前に、『こわい女たちの会』では京大熊取原子炉実験所の先生達に何度も来てもらい原発について学習していました。特に小出先生は「地震列島の日本に原発は正気の沙汰でない」とまで言っていました。それなのに・・・
 福島の人達を思うと強い自責の念が湧きました。和歌山の原発建設が無くなり、それで終わったような気でいたと気がつきました。福島では避難するにも留まるにも、正確な情報と、それを受け取る側にも知識が必要でした。ところが、どちらもが無いか不十分という状態だったのだと思います。それぞれが難しい自己決断を強いられ、地域や家族の中で軋轢が生じ、避難しても無理解に苦しみ、それが今も続いています。
母親の立場から自分たちが学んだことを多くの母親に知ってもらわないといけないのに、私は今まで何をしていたのか。全国に原発はあるのですから、根気強く問題提起すべきだったのです。今ならインターネットを駆使していろいろな情報にアクセスできます。しかしそれは問題意識をもってこそなのです。
1年で東京に戻り、仕事に復帰した娘は、孫の手を引き宇都宮健児さんや山本太郎さんの選挙に手伝いに行ったそうです。しかし反原発は容易ではありません。『こわい女たちの会』がJR和歌山駅で日高原発反対の署名活動をしていた当時、ずっと私達を見ている目つきの鋭い男性がいて、私が「おたくどちらさん?」と問うたら「私服(刑事)ですわ」と答えました。そうか原発は国策なのだと、その時思いました。だからその後の福島の事故当時にテレビで話す東京電力幹部の様子が、どこか他人事のように私には見えました。
身近な地域で、全国各地で、司法の場で、政治の場で怖さを語り、反原発を訴えないとと、あらためて強く思うのです。
木.jpg

◇3月17日(金) 前橋地裁判決・原発事故避難・ 国の責任を認める。
 福島第一原子力発電所事故後に福島県から群馬県に避難した住民ら137人が国と東京電力に一人当たり1100万円の損害賠償を求めた集団訴訟の判決が17日前橋地裁であった。原道子裁判長は請求の一部を認め,国と東電に賠償を命じた。「国は津波の到達を予見できた。国が自己を防げなかったのは違法」として国の責任を認めた。

◇3月28日(火)高浜原発3・4号運転禁止仮処分裁判は大阪高裁で運転容認の判断。
◎高浜原発運転禁止仮処分滋賀訴訟申立人団・弁護団声明を同封。
◇3月30日(木)伊方原発3号運転差し止め仮処分裁判が広島地裁で却下。
◎伊方原発広島裁判原告団声明を同封。       
裁判への声明文を同封しました。
いくつも原発裁判が行われています。とても分かり易いので読んでください。

◇4月4日(火)復興庁の今村大臣は、31日で住宅支援の打ち切りを迎えた「自主避難者」に対し、国に責任はなく、「自己責任」だと明言。「裁判でも何でもやればいい」と声をあらげた。最後は「二度と来るな」「うるさい」と怒鳴りながら、会見室を退室した。その後今村大臣は発言の取り消しと、お詫び参りをしているようだが、あの発言と、あの態度はどのようにして取り消せるのか。(この様子は映像で見られます・pourplanet-TV)

◇2011年3月11日に原子力災害対策特別措置法に基づいて発せられた
原子力緊急事態宣言は未解除のままです。
「避難指示の解除等に併せて」「緊急事態応急対策を実施すべき区域」だけが縮小中。
これってどういう意味かな? 

◇記
レンゲ2.jpg 昨年の11月「汐見文隆さんを偲ぶ会」後の懇親会も終わり、参加者が帰ってもしゃべっていたのが「女たちの会」のメンバー5人でした。その後、月一で「編集会議」という名の集まりを続けています。今のところおしゃべり会ですが、今回そのメンバー4人が結成30年の一言を書きました。編集会議は誰でも参加可。今のところ集まりは夜の時間帯です。

◇5月28日(日)は福島県の武藤類子さんに来ていただきます。
「原発がこわい女たちの会結成30年のつどい」会場はビック愛です。間違わないようにお願いします。


◇会計報告を同封します。今年度の会費を納入してください。
会費は一口1200円です。何口でも可です。振込用紙も同封しています。
カンパも集めています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
郵便振替口座 01070-9-35841
口座名 原発がこわい女たちの会


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Mayumi55
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5月28日開催 遺伝子組み換え映画祭in大阪

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遺伝子組み換え食品いらない!キャンペーン設立20周年記念 遺伝子組み換え映画祭in大阪 〜来て、観て、変えよう!〜 **************************************************** […]
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Mayumi55
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5・27津久井やまゆり園事件を考える相模原集会

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とき:2017年5月27日(土)13時30分~ ところ:相模原市産業会館第研修室3階     JR横浜線相模原駅下車 電話042-768-2311
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Mayumi55
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5.27(土)「原発のない暮らしを求める えひめ県民署名スタート大集会」

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5/27 えひめ県民署名スタート大集会のご案内

 

「原発のない暮らしを求める えひめ県民署名スタート大集会」

えひめ県民署名の会は、県民規模の署名(30万筆超)をめざしています。
かつてない規模のものです。
その成功のために、多数の呼びかけ人を募っています。ぜひ、ご参加ください。
(県民署名の会は、参加者全員を「呼びかけ人」と言います。県民規模の署名をめ      ざすためです。各自の可能な範囲で署名集めやチラシ配布などに協力していただきます)

日時:2017年5月27日(土) 13:30~15:30  参加費無料

会場:松山市コムズ(男女共同参画推進センター)5F大会議室
松山市三番町6-4-20 TEL 089-943-5776

内容:○署名スタートにあたって(取り組みの進め方)

   ○県内各地からリレートーク

○特別報告 大石琢照氏 
       (仮題)「三重県での81万署名の経験から」
1996年、「三重県に原発いらない県民署名」81万2335人が北川正恭知事に提出された。
北川知事は2000年2月「白紙に戻すべき」と表明し計画は撤回された。当時、署名運動の中 心にいた歯科医師大石琢照(たくてる)さんからお話を聴き教訓を得ます。
主催:原発のない暮らしを求めるえひめ県民署名の会

以下の5/27案内チラシには、呼びかけ人の申込用紙もついています。

えひめ県民署名5・27配布用(軽量)

「日本と原発」上映会や、署名相談会なども日程が組まれています。
お知らせ一覧をご覧ください。

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Mayumi55
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イベント紹介-「「森友学園」疑獄究明!教育勅語・「日の丸」「君が代」を許すな!第3弾 5・26デモ」

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Amazon.co.jp: 日本会議

 

臨時増刊号 森友学園事件の深層『皇國ニッポン』週刊金曜日 2017年 5/30号 [雑誌] クリエーター情報なし 金曜日

 

サンデー毎日 2017年03月19日号 [雑誌] クリエーター情報なし 毎日新聞出版

 

「文系学部廃止」の衝撃 (集英社新書) クリエーター情報なし 集英社

 

考えてみませんか 9条改憲 クリエーター情報なし 新日本出版社

 

教育勅語と軍人勅諭―こうしてぼくらは戦争にひきこまれた 韮沢 忠雄 新日本出版社

 

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Mayumi55
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【イベント】5/28(日) 「自由な選挙への第一歩!選挙供託金違憲訴訟の争点と展望」

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緑の党 供託金廃止キャンペーン勉強会 in 地域代表協議会イベント

「自由な選挙への第一歩!選挙供託金違憲訴訟の争点と展望」

チラシPDF

緑の党グリーンズジャパンは、日本の選挙におけるkyoutakukin_benkyoukai_tirashi供託金が世界一高いことは、憲法が保障する「選挙に立候補する平等な権利」が脅かされていることなどを問題とし、「供託金廃止キャンペーン」を行なっています。(⇒「特設サイト」

具体的には「選挙供託金違憲訴訟」への賛同署名を集め、6月の自治体議会では、全国一斉に意見書や請願(陳情)を提出しようと提案しています。

近く東京で行なわれる第11回地域代表協議会において、
「選挙供託金違憲訴訟」弁護団長の宇都宮健児さんを講師に迎えて、以下の要領で勉強会を行なうことになりました。

供託金の問題や訴訟の論点を理解し、各自の地域活動につなげていきましょう。

一般公開の形です、お誘い合わせてご参加ください。

~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~

緑の党 供託金廃止キャンペーン勉強会 in 地域代表協議会イベント

「自由な選挙への第一歩! 選挙供託金違憲訴訟の争点と展望」

  講師: 宇都宮健児さん(違憲訴訟・弁護団長)  
  日時: 5月28日(日)11:00-12:00
  場所: 文京区民センター 3C
  参加費: 無料
  主催: 緑の党グリーンズジャパン 運営委員会
  問い合わせ/予約  「供託金廃止キャンペーン」090-1548-5929 (宮部)                                  
《文京区民センター アクセス》 
 都営三田線・大江戸線「春日駅A2出口」徒歩2分、
 東京メトロ丸ノ内線「後楽園駅4b出口」徒歩5分
 東京メトロ南北線「後楽園駅6番出口」徒歩5分、
 JR水道橋駅東口徒歩15分
 都バス(都02・都02乙・上69・上60)春日駅徒歩2分
 文京MAP: 区民センター 
http://www.city.bunkyo.lg.jp/gmap/detail.php?id=1754

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Mayumi55
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